
あること 📞 ないこと
「ない」はずの自分からの着信
声は最も身近な自己の指標である。本作は、自身の声で語る「もう一人の自分」との対話を通じ、その指標を揺るがす。声は「わたし」だが、語られる思考や価値観は「わたしではない」。この矛盾した体験は、「自分とは何か」という根源的な問いを投げかける。自己と非自己の境界で対話することにより、意味や記憶といった声以外の要素こそが「わたし」を形成することを浮き彫りにし、代替不可能な自己の存在を再発見させる装置だ。
受話器を取ると、自分自身の声が聞こえてくる。しかし、その声の主は異なるマルチバースを生きる「もう一人の自分」である。鑑賞者は、時空を超えた対話のなかで、内に秘めた葛藤を打ち明けたり、もう一つの人生で生まれた成功や後悔の物語に耳を傾けたりできる。通話の終わりには対話の記録がレシートとして印刷され、形のない会話の痕跡が物質的な記念として手元に残る。この体験は、あなただけの物語を紡ぐ。